【徒然小噺】温情が権利に変わる時――善意が招いたトラブルと就業規則の役割(2025.12.10)

ある社長ご夫妻。「旗日出勤への労いを9月は旗日が多かったので日額1万円から5千円に下げたら、社員から文句を言われた。1万円を払わなければならないのか」と。聞けば、その旗日は法定休日でもなく、単なる所定労働日。世間が休んでいる日に出勤してくれた社員へ労いの「気持ち」、すなわち恩恵的な上乗せだった。▼法的支払義務のないところで、社長ご夫妻の人柄や温情で「慰労」「応援」等の色付けが臨時で行われていた。社員もその背景を承知している。それなのに、一度手にした利益を減らされると、感謝の念は薄れ、「慣例化している」という論理で反撃を浴びせたくなるようだ。▼受け入れるべきは、事実上の労働条件として社員に認識させる余地を与えてしまっていたという実態だ。これを放置すると、手当の減額は不利益取扱いと見做され、「本来貰えないはずのもの」が「当然の権利」へと変容してしまう。▼私は不納得を押し殺し、「今回は可能であれば日額1万円を支給して頂き、早急に就業規則を整備しましょう」と助言した。▼就業規則は、経済的、社会的に会社を守るだけでなく、社内の困り事に対処できたり、社員の問題行動の抑止を期待できるものである。公正で平等なルールを敷くことは、社員が気持ちよく勤続できる拠り所ともなる。▼そのためには、その会社固有の歴史や価値観、事情を汲んだ唯一無二の方策を仕込まなければならない。ルールなき善意が、やがて経営問題に発展しないように。
※実際に受けた質問や相談に関して向き合った諸々を「新聞コラム形式」で綴りました。
※投稿者:山田留理子(特定社労士)
